[鎌倉ロコマート&ガーデン]スタッフ、日々のひとことです。


  オリンピックより学ぶ

この夏は迷い無くNHKか教育テレビ、衛生第一にチャンネルを合わせる。
もちろん、高校野球 北京オリンピックが放映されているからである。
そうでなくとも毎月見もしないチャンネルにお高い受信料を払い続けて来たのだ。
この時ばかりは、見なきゃ損、おどらにゃ損である。

普段ならまったく興味が無いレスリングや円盤なげ、走り幅跳び等々、オリンピックとなるとなぜかおもしろい。
世界の超人達を集めたこの大会も、金メダルを獲った選手はどの競技でも『さすが』とうならせる。
しかし、負けて銀、銅メダルとなると途端に弱者に見える。
ましてや入賞なんかオレでも出来るぜ!となる。

「まぁ、出来ないのはシンクロぐらいだな」となる。
シンクロは入場する歩き方が恥ずかしくてできねぇ〜となり、
誰があんな歩き方考えたのか?
あんな歩き方を街で見てみたいものだ。
近所に住むセレブで愛嬌あるおばさんでも、あんな歩き方はしない!と見るたび思う。

ん〜〜それと体操も無理。
吊り輪なんかぶら下がったきりなにも出来ない。
その上、汗止めのパウダーを脇の下や首筋にも塗っちゃう癖があるし。
もちろん高飛び込みなんかは無理、高所恐怖症である為、数人に抱えられてジャンプ台を降りるようである。
ハンマー投げも無理、投げてからのかけ声を出す時間が無い。
重量上げも無理、失禁ですめば良いが脱糞の可能性もある。
卓球も温泉卓球で王子サーブ?ならぬオジさまサーブを打ち、『サッー』と小さな声で言った事がある程度。
その上、オージサーブて何?
レスリングや柔道も欧米各国の押さえ込みの際、体臭にやられ失神。

やはり団体スポーツであればごまかしは効く、バレーやバスケ、野球は無理としてもサッカーなんかどこにいるかわからない。
いや、それでは観衆に感動を与えられない。

やはり出場するなら陸上競技である。
マラソンは無理としても100m走ならいける。
どんな事があっても走りきれるし、どんなに遅く恥をかいても20秒足らずだ。
その上、足を引きずりながら走れば世界中から同情の声が上がる。
その姿は各国に衛生放送で流れ、ゴール後マラソン選手の様にタオルで係員に包まれる。
陸上男子百十メートル障害で中国の劉翔が走る前に棄権をし賛否両論の議論がなされたばかりだ。棄権しない姿が感動を与えるのである。
痛みに耐え走る中年の僕は、国家体育場で割れんばかりの拍手を浴び、日の丸の国旗を肩に掛け、「チョー気持ちいい、チョー気持ちいい」を連呼。
50mあたりで給水しても良かったではないかとちょっと後悔する。

そんなオリンピックも、もうあと数日。
高校野球に比べればプール泳いでいる選手は楽だ。と、斜め目線。
我々はテレビの前で文句を言っていれば良いのである。
チャンネルを回すと、お笑い番組などが放映されている「あぁ非国民!こうはなりたくないな」と、また斜め目線!
オリンピックなんて全然見ないも〜ん」なんて言う人よりは、オリンピックに一喜一憂する人でいたいが、、、。

考えてみれば選手団は、我々の汗と涙で働いた税金で北京まで行ってるのだ。
言わば我らはオーナーである。
乗馬の輸送代金&食事&糞の処分費だけでも、我々の所得より高額なのはいかがなものか?
選手達は栄養満点の豪華食事を食べて、我らオーナーはテレビの前でカップ麺食べて応援しているのだ!
「楽しんで来ま〜す」と飛び立った選手にいまさらながら腹が立つ!
と、またまた斜め目線!!
「オレが行くから、お前はテレビで応援してろ』とひがむ。
まさか我々の税金で旅行用の下着なんか買ってないだろうな〜?
オーナーである以上、意見する権利はある。
石原都知事の「大金がかかっているのだから、頑張ってもらわなきゃ困る」の意見もっともである。

斜め目線の僕は、4年間、いや幼い時から厳しい練習に耐えて来た選手達に、我が人生を反省させられもする、少しはなんとかならないかと思いトイレ休憩に向かう時にせめてはとこの写真の様な歩き方をしてみる。
数メートルでもけっこうキツイ!
やはり選手は無理なようだ。

インターフォンが鳴る
「NHKの集金ですが〜」
財布を開けながら「うち、あまりNHK見ないんだよね〜」とぶつぶつボヤく。

*受信料、振込にはしないよ!
だって集金人の仕事なくなるし、自動的にどんどん引き落としちゃうし、集金なら少し遅れても、、、、いつ地震があるかも分からないし、、、。
その昔、我が家は受信料金20数万円の請求が来た事があり、大もめにもめた事があります。友人の家は48万円ぐらいの請求があったそうです。
















  オリンピック

ゴミは街にあふれ、ドブネズミは我がもの顔で街を徘徊、ちょっと傷などを負うと破傷風になり、すぐに切り傷は膿んでしまた。

空き地にころがる土管。
舗装していない道路は雨が降るとぬかり、水たまりには蚊が発生。
夏ともなると自治会ごとに、町に住む青年達が白い制服を着て薬剤散布をした。
飼っていた小鳥等はカゴの中であっけなく死んだ。
嘆いて空を見上げても、光化学スモッグによるどんよりとした濃灰の空があるだけだった。
敗戦後ようやく20年が経った、1960年代日本はそんな薄暗い国だった。

日本国民はなりふり構わず働き家族を養って来た。
食べる食材には有害食材もあるが気に留める者もいなかった。
そんな、無我夢中で生きる日本に1964年東京オリンピックが開催される事になった。

江戸時代からの名所である日本橋の上に高速道路をつくり、東京〜大阪間を4時間で新幹線を走らせ、海を埋め立てヨットハーバーを造り、ふんどし一丁とは言わないまでも裸での人夫の作業を禁止した。
男女のトイレも別になり、日本国民は右も左も分からず国際化に猪突猛進していくしかなかった。

やがて選手村が開かれ、1日2万食、大会通じて70万食の洋食が必要であった。
全国から集められたコックは、サラダと言う食材にであう。
野菜は煮るものである日本人は、レタス ブロッコリー、セロリ等を食べる習慣がなかった。

外国人観光客が数万人単位で、このゴミが溢れる、濃灰の空の下に訪れるのだ。
タクシーの運転手は英語を勉強し、観光地は町をあげて掃除を始める。
村では洋野菜の栽培が急務であり、ホテル数が足りないため民家でも宿泊出来る様、準備が行われ、おとうさんも、おかあさんも「ウエルカム サンキュー、、、、、」となり戦後のギブミーチョコレート以来の英会話に緊張した。

初めて見る競技 初めて知る国々、働きずめで買ったカラーテレビで日本選手の活躍に一喜一憂した。
メダルを獲得し国家が流れる度に愛国心が芽生えた。
父も母も近所のおじさんも、おばさんも、口うるさいばあさんも、やっと生きてる爺さんも、まだ美しく初々しい美智子妃殿下も声援を送る。
老いも若きも日本国民全員がオリンピックの話題で1964年の10月を過ごした。

東洋の魔女 円谷 三宅 遠藤、、、、、アベベ チャスラフスカ、、、 
戦争を知らない僕等世代は初めて見た、日本が一体となった日々であった。

偽ナイキ 偽グッチ 偽IPOT 偽ルイヴィトン 偽バイアグラ 段ボール肉まん
毒ギョーザ  偽写真、、、、、
北京オリンピック開会式で口パク 偽足跡CGはあったものの偽キティちゃん 偽ミッキーマウス  偽ドラエモンを始めとする石景山遊楽園のキャラの入場行進はさすがに現れず、、、、。
中国国内のテレビ視聴率は68.8%であった。
貧乏で貧乏で貧乏でどうしようもなかった中国がどうにかオリンピック開催にこぎつけた、チベット問題、四川省地震、、、、隠せないものも出て来た。

あのころの日本と何も変わらない気がするが、、、、。
すっかり上目線になった僕等は北京オリンピックを見て、中国に「まだまだだねぇ〜」と優越感に浸かりきったエールを送るのであった。

あの当時、先進国の欧米諸国は、貧民街の薄汚い僕等小学生を見て「まだまだだねぇ〜」と優越感に浸かりきったエールを送ったはずである。

*参考までに東京オリンピックでの視聴率は85%であった。

*我が弟の七五三の衣装はオリンピック日本選手団と同じデザインのジャケットだっ た。弟曰く「何処へ行っても絶賛されたそうである。」
 赤いジャケットは購入し、白いズボンは母が縫った物だった。
 当時としてはかなりハイカラな発想であった。
 さしてジョークが効かない母がよく許したものだ。
 父の発想であろうか?
 
 
 















  親父の水着

おとうさん悩む!

夏が来て、世のおとうさんは大いに悩んでいるそうだ。
子どもと行くプール 海で着る水着が無いからであると言う。
普段は2着◯◯円などのビジネススーツを着てエアコンの中で仕事をして、我らサーファー親父達を白い目で軽蔑していたエアコン親父達は、裸になる事を怖がっているのだ。(一応、私もサーファーであるとして下さい)

そんな親父達に救世主が現れたと言うのだ。

何やら「悩めるおとうさん向けのTシャツ水着」との売り文句で気になっているボディラインを目立たなくし、日焼けのピリピリ感が残って翌日の仕事に影響する事は無い。その上、生地に水がつきにくい新素材「カルライト」を使用しているとの事。
「カルライト」とは何だか分からなくても横文字を並べられると納得してしまう。

カル、カル、、、、ライト=軽いと何度も復唱し覚えるも、人に説明する時は「カル何とか、、、カル、、カル、、カルスメイトでは無く、ほれ!カル、、カル、」となる。

本来なら自分の着ている素材など説明無用だが、おじさま達は久々に買い求めた物を誰も気がついてくれない為、自分から説明し「結構いいヨ!」となる。
真似されたくは無いのだが、「ぼくも欲しいな」と言ってほしい。
見事に変身したボディラインは、他人からは何ら変わっていない事なんか想像もしていない。
見事に変身したつもりのTシャツに流行の長めのトランクス。
さすがに金具付きベルトの海パンなど売っていないし、短いピチピチのチエック柄なんかも流行遅れと知っている。

長いトランクスを履いたおかげで、上がらぬ足がなお一層上がらなくなり、膝にトランクスまとわりつき、つまずく、つんのめる、物が足にひっかかる、、、流行も楽ではない。

頭部を水につける事は絶対ないのでスピード社のスイムウエアも必要ない。
頭部が水につかると髪様がペッタリとし、丸いおにぎりにしっとり海苔乗せイメージになってしまう為、数滴、水がかかっただけでもムカッとする。
その上、サンサンと照りつける陽射しに頭皮ちゃんが赤くただれてしまう為、やむを得ず白タオルを頭にかぶせる。
おじさま達は白タオルではないと陽射しを反射しないと信じている。

青白い毛ガニの様な足は、指の甲まで毛が生えているし、くるぶしがなぜか目立つ。

あまりの暑さに日陰に非難、薄暗い日陰にはカルライトに身を包み、白いタオルかぶりの数名のおじさま達、コンクリート壁にとまるアブラゼミ、誰かが落としたアイスクリームに群がるアリ達、、、、。
若いビキニのおねえちゃんとは一度も目が合う事も無く、おじさま達は時間につれ敗北感が漂い、緊張感も期待感も無くなり、力が抜けきって風呂上がりの状態、もはやカルライトを持ってしてまでボディラインを隠すことは出来なくなった。

若い娘に気をとられてすっかり忘れていたが、パットで笠上げした水着姿の女房と子供が水から上がってくる、ありあまる古女房の肉の塊に、焼き肉は食べたく無くなる。
「ラーメンでも食べて帰ろうか」後は家でビール飲みながらオリンピック観戦だな、と、みな鎌倉を後にする。

*ここ湘南地区ではサーフィンをした事がない男を探すのは、砂浜に落としたコンタクトレンズを探す程、困難であると思う。
もちろん、サーファーも年を重ね中年となりボディラインもくずれ、若い頃の面影も無くなる、バードウェルのトランクスも年々サイズ変更となり、今ではW30〜W33まで2着ずつ所有となる、
それでも、長さやデザインに流行があり、持ち物すべてが古くなり、必然的におじ様と化す。
そんな我々も、エアコン カルライト親父となんら変わりない。
トランクスのブランド&日焼けのみが頼みの綱である。
若い頃、仕事もせずサーフィンに夢中になった中年男達に残された、唯一のプライドである。

*僕は30年間バードウェルのトランクスしか履いた事がないけれど、皆さんは何処のメーカーを履いているのだろうか?体型が変わりちょっと気にかかる。















  うな重

明日7月24日は土用の丑の日です。
そうです。
『うなぎ』を食す日です。

大好きな食べ物を大手を振って食べれる日なのです、うな重を食べても『あんな、贅沢しやがって』とか『身分不相応』などと言われず、また、税務署の前でも堂々と、うな重を食べても『あやしい』などと思われず、我ら貧乏人にも年に一度セレブの人達と同じメニューの夕食となる訳です。

しかし、なめるなよ〜、我々B級グルメは、貧乏人根性を発揮して有名店のうな重を食するわけです。
勿論、予約席を確保し『特上をお願いします』となります。
と言っても『浜松まで飛行機で鰻を食べに行ったよ!キミキミ』と言う田舎社長や『浜松のウナギで〜す』と写真入ブログに書き込むOL達ほどの贅沢は出来ません。
あくまでもご近所の鰻屋さんレベルの話です。

こんな我々B級グルメは、スーパーでの土用丑の日特売コーナーで鰻を品定めしているニセセレブや『中国産かしら?』などとウナギを見ずに表示ラベルばかりを気にする奥様達に冷ややかな視線を送り、◯◯弁当でウナギ弁当を買う日雇い労働者風な男に涙をながし、中国産でも台湾産でも裏の川産でも気にしない、日本国民は感無量にてサンショを振り、うな重を食すのです。
漬け物はナラ漬けだな!

『まいう〜〜、美味い!うなぎは和食のホームラン王だ!』
となる予定でしたが、土用の日の鰻屋は1年の中で、もっとも忙しい日で、味などにこだわっていないし、焼き過ぎじゃね〜?と焦げ味もあり、いつもより実が薄い、ドジョウじゃね〜の?どう見積ても普段の並以下の痩せ形ウナちゃん。
バスト78 ウエスト78 ヒップ78 ビキニぶかぶか体型。
こんな土用の丑の日を何度過ごした事だろう。

丑の日の前日は、『もう品を落としてあるんじゃない?』『次の日は売れ残りだろ?』となり中々鰻を食べるチャンスが見当たらない、いつしか猛暑が残暑となり、そして秋風が吹く。
涼しくなれば、うな重への憧れも少し薄れる。

蒲焼きは暑い暑い真夏の昼間に食すると決めている僕は、色々と思案している間に鰻屋に行くチャンスを失い、今年もまた食べなかったな〜となり、気が済まないので季節はずれに鰻屋に行く事になる。
『平日の昼間に鰻屋から出て来たよ』『身分不相応』となり良からぬ評判がまた増える。オレは何時、うな重を食べれば良いのだろうか?と毎年思う。

*昭和天皇は『蒲焼きが好きだ』とTVで発言し、訪問先のどこへ行ってもうな重が献上され、ある時は一日に5〜6食のうな重が出て来たと記載を読んだことがある。

独身の頃、あまり裕福でない母子家庭の家で『うな重が好きなんでしょう』と言われ浅草の有名店から、うな重を注文してくれた事があった。
その家族は家で作った夕食で、僕だけ『うな重』を心で泣きながら頂いた事があった。
勿論、味なんかしなかった。
東京には珍しいビルの谷間の木造長屋、漆塗りの重箱は宝石箱の様であった。
昭和天皇にはそのありがたみが分からないであろう、、、。

『堪え難きを絶え、偲び敵を忍び、、、、』うな重を頂いた。

*土曜日に牛がどうしたのか?そして、うな重を食べる。
 こどもの頃は不思議だった。





  真夏の出来事

キターーーーーーーーーーと言っても目薬をさしているのではない。

夏休みがきたーーーーーーのである。

夏休みは大好きだ!(正月休みも大好きだ)

今年こそ!本当に今年こそ!!初体験をすますのだ!
聞く所によると、夏休みには女の子は開放的になり、バージンを失う率も高くなる。
女の子達もそのチャンスを待っている!
そうか?!バージンを失いたいのだ!
僕たち男子高校生は、週刊プレイボーイや平凡パンチの記事を鵜呑みにして、胸躍らせ夏休みに突入したものだった。
頭の中はただただ一点にしぼられているのである。

長いマツ毛のおおきな瞳、潮風に髪をなびかせ、小麦色に日焼けした肌に黄色いビキニが良く似合う!
こんな彼女が出来ることなど容易いと感じる程、夏休みの前半はテンションが高かった。
友人達と分け合った避妊具コンドーちゃんを財布に偲ばせ、学生カバンに入っている低迷続ける成績表の事など、すでにたいした問題では無い。

もはや、飢えたオオカミか学生服を着たオットセイ状態!
海の家のバイトに、花火大会、夜のロケット花火に、初めてのビール!

こんなパラダイスの日々は、時間の浪費も気にならない。
エアコンが無い薄暗い部屋で見る高校野球、風通しが悪い部屋で、足は壁にもたれている。
もう小学生ではないので扇風機に『ア〜〜〜〜』なんて言わない。

母親が煮詰る麦茶の香り、『スイカないの?』
江戸風鈴の音色に、セミの声が重なる、我が家の様な貧民街地区にはアブラゼミの声がよく似合う。
昼メシは冷や麦、今年もまた赤や青の色付き麺は貴重に感じる。
夕食は匂いからするとカレーライスか?、、、、、、、。

気がつくとセミの声はヒグラシに代わり、蚊取り線香も焚かれ始めている。
子どもの頃、我が家にも蚊帳があったが、、、、。
高校生ともなると深夜遅くまで、音楽を聴き、テレビを見、週刊誌を読む、、、、そして今日も、彼女は出来ない。

気がつけば夏休みの残りは、あとわずか!
手つかずの宿題の事を思い出すと、もはや生きた心地はしない。
オ〜〜神様、夏休みの初日にもどれますよ〜に!
だから夏休みなんか嫌いだーーーーーーーーーー。

 こんな夏休みを何度過ごした事でしょう、学生諸君!人生は短い、青春もまた短い
 、先日、発見された芥川龍之介の遺書にある様に『人生は死に至るまでの闘い」と
 するならば、部屋でTVなど見て過ごす日々などは無用な1日である。
 
高校野球中継『原爆記念日=黙とう』は薄暗い部屋でダラけた生活をし続ける凡くら高校生の我々も、日本国民として胸が痛まなくちゃいけないと思ったものだ。
もちろん冬休みになっても、財布の中の避妊具コンドーちゃんは忍びぱなしである。
中年のおじさま達は、大昔こんな夏休みを過ごしていました。
 
 最近は大好きな高校野球観戦があり、気分は高校生であるので高校生目線で随筆!

 *写真は中年の夏の賛歌 平山三紀『真夏の出来事』











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